三田市の遺跡1-下西山遺跡

下西山遺跡****三田市中央区(ウッディタウン)西野上


ウッディタウンと下西山遺跡(東南から)
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下西山遺跡全景(西から)
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周辺の主要遺跡
24平方遺跡群(銅鐸鋳型出土遺跡)・25下西山遺蹟
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旧地形と調査区位置図
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遺構全体図
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北地区遺構全体図(SK2-上部西端)
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巻頭図版2-3北地区全景(南より)
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SK2土器出土状況
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図版23北地区46.SK2土器出土位置
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巻頭図版3-5北地区SK2土器出土状況
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同上3-6出土土器
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第6図-下西山遺跡出土須恵器坏の変遷および下西山遺跡・平方遺跡の遺構変遷
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Ⅰ期-6世紀末~7世紀初頭(飛鳥Ⅰ期古段階)。Ⅱ・Ⅲ期-7世紀前半(飛鳥Ⅰ期新段階)。
Ⅳ期-7世紀中葉(飛鳥Ⅱ期)。Ⅴ期-7世紀後半(飛鳥Ⅲ期)。
Ⅵ期-7世紀後半(飛鳥Ⅳ期)。Ⅶ期-7世紀末~8世紀初頭(飛鳥Ⅴ期)。

写真図版33土器6-SK2坏G蓋
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同上34土器7
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35土器8
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36土器9-G蓋内面
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37土器10-SK2
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巻頭図版4-7北地区SX3火葬墓検出状況
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下西山遺跡****北摂地区新住宅市街地(ウッディタウン)開発事業に伴い、昭和60年度(第1次確認調査)・平成2年度(第2次確認調査)を経て、平成5年度に全面調査が行われた。弥生時代~奈良時代を中心とした集落・生産遺跡。

調査は南北2地区に分けて行われ、遺構として、南地区平坦面Aからは溝SD1、斜面③からは土坑SK1・9・10および、竪穴建物SH1が検出され、それぞれ弥生式土器が出土している。時期は弥生時代中期後半(Ⅳ様式)の中頃から後半とされる。

北地区斜面及び平坦面からは奈良から平安時代にかけての土坑SK2・3・4・8・11・12・13、竪穴建物跡SH3・4・6・8・10・12・13・14、掘立柱建物跡SB1・2、溝、集石遺構SX4、小鍛冶に関する遺構及び奈良時代前半の火葬墓SX3が検出されている。出土遺物は弥生式土器・須恵器・土師器・鉄製品・銅製品・鉄滓・弥生時代中期から飛鳥時代の石器・砥石。

北地区では上記のように火葬墓SX3が検出されている。これは竪穴住居SH4が埋まった後(奈良時代前半)に埋納されたもので、土師器甕の転用蔵骨器内部には火葬人骨片が納められていた。分析により、この人骨は成人男性で地元の有力者と推定されている。

この遺跡で特筆すべきは、北地区土坑SK2から大量の須恵器が出土したことである。これは現在では飛鳥時代から奈良時代にいたる須恵器変遷の指針となっている(第6図参照)。


参考資料

兵庫県文化財調査報告-三田市・北摂ニュータウン内遺跡調査報告書Ⅲ・下西山遺跡-2000年-兵庫県教育委員会。


























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